人身傷害保険金の保険金額を超過して支払いがなされた場合における損益相殺(保険代位の範囲)について最高裁の判断が示されましたので紹介します。
令和5年10月16日 最高裁判所第一小法廷 判決
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重傷高額事案においては本事例のように自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払を行うことは多いため、実務において留意が必要と思われます。
本件は後記の通り、人傷保険金額までの支払いは「自賠責保険の立替払」とは評価できず「保険代位できる範囲内で損益相殺する」と判断されていますが、判決では被保険者と人傷社の協定において「自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払であることを確認あるいは合意する趣旨を含むものと解することはできないし、他に、そのような趣旨を含む記載があることはうかがわれない」との記述があります。
被保険者と人傷社の協定書の内容によっては結論が変わった可能性も考えられ、この点についても今後の実務で留意が必要かと思われます。
(概要)
- 本件はAが道路上に横臥していたところ、Y1運転車両によりれき過され、約8分後にY2運転車両によりれき過され、その後Aが死亡したもの。
- 交通事故において任意保険会社が支払った人身傷害保険金の損益相殺(保険代位の範囲)について争われた事例。
- 訴訟において確定した損害賠償額(※実際の判決では請求権者別に計算していますが、本稿では合算金額を記載しています)
損害額〔過失相殺前〕89,352,812円(遺族固有の慰謝料も含む)
過失相殺 ▲26,805,845円(30%)
損害賠償額 62,546,967円
- 人身傷害保険の保険金額は3,000万円。
- 人身傷害保険の支払い履歴は以下の通り。
平成28年9月6日 8,640円
平成28年12月28日 29,991,360円
平成29年5月24日 ▲30,000,000円
(Y1車両の自賠責保険から回収)
平成29年11月17日 30,000,000円
平成30年1月11日 ▲30,000,000円
(Y2車両の自賠責保険から回収)
- 上記②・④の際に取り交わした「協定書」には以下の記載があった。
「人傷社が支払う3,000万円には自賠責保険の保険金額を含むこと」
「今回の支払いにより損害賠償請求権は人傷社へ移転すること」
「人傷社が自賠責への精算を行った後に、精算額を限度として最終協定を
行うこと」(その後、この最終協定は行われていない)
- 原審の判断
「損害賠償請求権の額(上記62,546,967円)から、
本件各支払金の全額(6,000万円)を控除すべきである。」
(本件判決)
- 上記①②は「人身傷害保険金」として支払われたものであり、自賠責保険からの損害賠償額の立替払解することはできず、上記①②の支払いにより人傷社が保険代位できる範囲(3,194,155円)を超える額を控除することはできない。
〔算式〕(※実際の判決では請求権者別に計算していますが、本稿では合算金額を
記載しています)
損害賠償額62,546,967円+3,000万円
-損害額〔過失相殺前〕89,352,812円=3,194,155円
- 人傷社は人身傷害保険金額を超えて人身傷害保険金を支払う義務はないから、上記③は人身傷害保険金として支払われたものでないことは明らかであり、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払として支払われたというべきである。したがって、上記③については損害賠償請求権の額から全額を控除できる。